昭和40年01月17日 朝の御理解
お徳を受けるということは、一見無駄なようにみえる。馬鹿らしゅうみえる。なあにもならんごとある。馬鹿のようにみえたり、何にもならんようにみえたり、ね。お徳を受けるということは、私はそんなことだと思うね。だから人はそこのところを、お徳を受けるというような事には、非常におろそかに致します。お徳を受けるということはね、ほんとに一見無駄なように、馬鹿らしい、何にもならんように見えるけれども、その辛抱が認められて、お徳になるのです。
例えば、私共がここでなら、例えば、私のことにするなら、朝の五時から十二時まで奉仕をいたします。ね。そりゃ成程、お参りがない時には、炬燵にでも入っときゃ、そのほうが良いごとある。いうなら馬鹿らしいことであり、無駄なようにみえるけれども。桂先生あたりの場合なんかは、御結界に座ったら、横じりひとつかきません、というような誓約を神様になさっておられた。私共はそういう修行は出来んに致しましてもです、やはりこの七時間という時間を大事にいたします。
もう特別の、特別の神様のお許しを頂かん限り、ここを降りません。もう少々便所ぐらいに行きたいぐらいのことは辛抱いたします。ね。「神信心には辛抱することが一番大切でございます」と、三代様が仰る。その辛抱がです、一見馬鹿のように、何にもならんように見えるのでございますけれども、それが徳になるのです。おかげは頂かれましても、お徳は受けられません。そこをおろそかにする人は。これはこうする事が本当だという事が分かっておっても、それを、本当である事をしないようなことでは、お徳は受けられません。それは実意を欠くからです。
例えば、椛目をひとつの起点として、久留米の方へ一歩、二歩、吉井の方へ一歩、二歩と、ね。まあ例えば、久留米ということを、まあもう椛目にくるめ、と言ったような事にいたしましょうか。吉井というのは、よし、良いお恵みの井戸のある所といったふうに頂きましょうか。それが椛目が、その中間。たった一歩ぐらいと思うて、久留米の方へ近づきます。ね。せめて一歩でもと、吉井の方へ近づく。もうそこに二歩の開きが出来ますからね。おかげを受ける人と、おかげを受けない人。
もう一歩ぐらい良かろう、二歩、久留米の方へ近づく人。もう一足なりとも、と言うてもう一歩、吉井の方へ足を近づける人。もうそこには四歩の違いが出来ますからねえ。
信心の隔たりという。信心のけいこを本気でする人と、おろそかにする人は、そんなに違うてまいります。ね。もう私は十年椛目におかげ頂きよります。十五年おかげ頂きよりますと言うても、そこんところをおろそかにする人は信心は進みません。例えば、おもてのお掃除をいたすと致しましょうか。
ある人はこうやって、つうつうたけで、はわいていったと致しましょうか。成程、人よりも、人が一時間かかるところを三十分であがりました。けれども、その三十分が何になるでしょうか。こんな無駄なことはないじゃないですか。ね。なぁんにもなりません。何にもなりませんどころではありません、なんちゅうろくそなこっちゃろかと言うて、見る人の気持ちまで悪うなります。
そうでしょうが信心とはね、そのつうつうたけぇといったような実意を欠いだことではなくてです、信心の上に人が十歩行くところは五歩でもいいです。ですからその一歩一歩を実意丁寧にしていくのが信心です。神様はいつもそこのところを見ておいでです「この氏子は、あっこれはつまらん」ともう神様に見られたら、それを取り返すのに骨がおれます。いわゆる性根の問題です。ね。わがままがひどい。横着が過ぎる。
神様が例えてまあ申しますならば三遍、五遍、十遍は、黙って見逃しても下さいましょうけれども、「もうこの男ばかりは、いよいよつまらん。」どうでしょう、そういうふうに神様がご覧になったとしたら。その証拠に、もうほんといよいよ、こんな事がございますでしょう。初めの間は、そうでもなかったけれども、例えば、そのことがらを、段々思うておると、段々腹のたってくるといったような事がございましょう。
その時には、さほどでもなかったけれども、その言われた事やら、行いやらがです、何とはなしに暖かく、こちらの心にいつまでも残るような事がございましょう。私は信心とはね、その良い方をとる事が信心だと私は思うです。昨日、一昨日でした。杉さんところの宅祭りから帰らせて頂きましたら、まあ自称なんですけれども、山崎という人が高芝さんをたずねてみえた。話を聞くと何か役者あがりのような人らしい。まだ三十二とか言ってました。実にそのお芝居がうまい。
役者ですから。哀れっぽく持ちかけるんですねえ。どうにもこうにも出来ない。甘木に行って、甘木で生長の家かなんかをやる人のついついを尋ねて行ったけど、どこでも門前払いをくった。そして田主丸のある所で、高芝さんという人は金光様の信心をしなさるから、あの人どもたずねて行ってみれと言われて、高芝さんをたずねて行った。ところが高芝さんも、ちょうど<つるい>さんの所へ行っておられたから、おられなかった。息子が一人おったから、息子が「むつや」を教えた。
そこで今度は「むつや」は椛目を教えた。わざわざ電話までかけてきた。話を聞けば、ほんとに体も悪くしておるし、ね、お金は文無しになって、とにかく「むつや」からここまで来るのに、バス代を借りて来るくらいですから。それでも、あの寒空に、私はむげに断ることもよう致しませんもんですから、客間に泊めました。ご飯が食べられんと言うから、わざわざ牛乳の用意をしてやったり、生たまごなら食べると言うから、生たまごを用意してやったり、さ、風呂にども入って、早う、ゆっくりやすみなさい。
母は母で、ちゃっと炬燵ども入れてやって、してやる。まあさせて頂いた訳なんです。ほんとに神様の目からご覧になれば、ほんとにそういう哀れなというか、それこそ聞くも哀れな話なのですから、ご覧になったら、どんなにか悲しい思いをなさることであろうかと、神様の気持ちになって思うてみて、同情という訳ではないですけれども、まあ持っておる限りの神心をもって、その人に接した。
総代さん方も、昨日はその、御祈念に参りあってから、みんなそれぞれに話し合いましてから、こんな人が椛目に来とるから、なんとか処置してやらにゃいくまいと言うので、高芝さんをはじめ、永瀬さん、福島さん、その事で、何ですかね、そういう施設がありますですねえ。そういうことに交渉して下さったりなんかして、永瀬さん、福島さんから電話もかかってきた、その直前にここを出ておりました。
本気で、例えば、そうして信心でも求めてきておるというのではないですけれども、求める気があるならば、例えそれは、棒にも箸にもかからんような、例えよし病人でも、私は介抱もしてやろう、信心も、おかげも頂かれるようにお取次もさせて頂こうと思うた。ところがどうも、ここに居る気持ちがないらしい。永瀬さんあたりが用意してきた、そういう所には行こうという気もないらしい。
しばらくしとりましたら、ここに出てまいりましてから、手袋をひとつ、新しい手袋を持っておるのを持って、東京に帰りたいと。これでお金を少し貸してくれ、とこう言う。私、ちょうどお初穂を整理した後で、ここにあるだけは、私がまあいうならば権限という事でもないのですけれども、私が自由に許されておる金が、千二百円余りあった。小銭をまじえて。だから、これをあなたにあげましょう。
けれどもね、あなた、これで行かれるだけ行きなさい。そしてそこでまた、お繰り合わせ頂きなさい。信心を持っておる人、信仰を持っておる人。というような人をわざわざ訪ねて歩くような事はもうやめなきゃいけませんよ。その性根では、あなたは助かりませんよと。信心しとる者なら親切だろうと。と言ったような甘い考えでです、信心のある者を訪ねてまわるような事では、あんたはおかげを頂かれませんよと。
初めてここに、ご縁を頂いて、金光様におすがりなさい。人にもの言うように、一言一言、その時、食べ物がないなら、食べ物がございませんと言うて願いなさい。お金がないなら、お金がないと言うて願いなさい。そして、そこでその人にめぐり合った人が、たまたま信心をする人で親切な人であったというようなお繰り合わせ頂くならいざしらず、してから信心のある人を、それこそ縁もゆかりもない人を、例えば、甘木から田主丸、椛目へんげまでもまわって歩くような事はやめなきゃいけません。
あんたが助からん、それではと言うて、私はもうほんとに。そんな事でも、私は、ほんとに神様に相済まんなあ、今の椛目の場合です、例えそれが千円の金でありましてもです、どのような事の中からでも、神様がその捻出に心を使うておって下さる時にです、そういう言わば縁もゆかりもない、そういうような者の上にです、お金を出すという事は相済まんことだと思いましたけれども、私はその事をさせて頂いた。
夕べ、八次さんの所の共励会でございましたから、あちらに参りましたら、むつやさんも田代さんもお参りになっておった。話を聞いたら、またその人がたずねて行っとる。久留米の方へは行かずに、いわば吉井の方へ、田主丸の方へ行ってるわけなんです。そして、その口実は、昨日お借りしたバス代をお返しするためにだった。お客さんがありゃ、もういつまでも、三十分も横に、ちゃぁんと立って待っておる。
そして最後には、どういう事を言うたかというと、こうして椛目の方で、お金を頂いたけれども、お金が足りんから、と言うから、また旅費だけを、そんならこりゃ、あんたにあげましょう、と言うて、むつやが出してやったと言う。私は、おそらくまた、ここへ来るだろうと私は思うておる。けれども、今度という今度は、私はもうそれこそ、ここへ上がらんなら、私は門前払いです。性根が悪い。もう信心で助かるというような人じゃないです。ね。ここの所でしょうが。
もしまたほんとに、いわば泣きついてきたなら、今度こそ、ほんとの信心をさせてもらうならば、ここで修行でもさせようかと。自分もそんな事を言うて帰りましたけれどもです、もう来てもです、例えば、私はもううてあいしません。それこそお茶一杯出すことじゃありません。その人は私に性根を見られたわけです。それが私ぐらいだから良いようなものですけれどもです、ね、いわば神様から、もうこの男は駄目。この女はもう駄目だというふうに、性根を見られたらおしまいです。ね。
信心はその性根に取り組むことです。わがままも横着も神様からご覧になればです、そりゃ根気ようご教導くださるかもしれませんげれども、相手が人間である場合ですたいていな事ならばとこう思うておったけれども、もうこの腐りはてた性根もうこれは見込みがない、と言われたらそれぎりです。私は今日断片的な事を申しました。いろいろ椛目を起点としてです、ね、久留米、吉井に一歩退く人と、一歩進む人。たった一歩しか退かんごたるけれども、進んだ人とはもう二歩の開きができておるという事。
実意丁寧を欠いでです、例え、それは一時間かかって掃除を仕上げましても、つうつうたぁけぇではわいておるような事ではです、それはもうしとらんのも同じこと。同じことだけではない、それはかえって例えば、見たり、それを聞いたりする人の心の中にです、不愉快なものしか与える事が出来ないという事。人が一時間かかるところを三十分でも良いから、実意を極めなきゃいかん。丁寧をモットーとしなければです、お道の信心はできん。それはどんな実意丁寧を欠いでおる人でもです。
どんなに浅ましい人でもです、お取次を頂いてお願いをするという事になりますとです、おかげは頂きましても、今日私が申しますのはね、ほんっとに神様のご信用を頂かせてもらい、お徳を受けさせてもらい、真実幸せな日々生活が送りたいというような願いのもとに信心を進められていくならばです、何を言うても私は、ね、一見それは馬鹿らしいように、馬鹿のようにみえる。なあにもならん事のようにもみえる。ね。
今日皆さんが、小学校、中学校へ通われた時に、懸垂という体操をなさったことがあるでしょう。腕で体をささえるあれなんです。先生が上から見ておられる。尻が上がっとったら、尻をパーンとたたかれる。手がもうきついから、五分、十分経っていくうちに、もう地に付けるごとなる。ああいう辛抱です、いわば。なあにもならんごたるでしょうが。馬鹿んごたるでしょうが、いうなら。けれどもです、その辛抱こそがです、身に徳を受ける修行なのですよ。
私共が例えば、ここでです、ただ参ってきた時だけ、ひろっと出てきてから、お取次させてもらやあ、それでいいようなもんだけれどもです、成程、それで人は助かるかもしれません。けれども〔そ〕んなら、私自身はお徳を受けることが出来ません。ね。馬鹿らしいこっちゃあるたい。便所にでん行くごたるなら、便所に立ったって良かろうと。よこじりひとつかきません、て言うてから、そりゃ時には、あぐらかいたっちゃどうあろうかい。ね。それで良かごとあるです、馬鹿らしいごとあるです。その事はです、この懸垂のこれと同じことです。
ほんとに、あげんきつか思いして馬鹿んごとある。何になるじゃろか。一銭にだってなりゃせんとこう。けれどもその辛抱、それで鍛えるその辛抱心というものはです、それが徳になっていくという事になればです、やはり辛抱しなければいけんという事になるでしょうが。例えば、久富先生が北野の共励会なんかに行かれます。もう十一時すぎて帰ってこられる。自分の家は北野の方ですから、すぐそこ。もうわざわざ、なら「今日は共励会が終わったら、家に帰らせて頂きます」と言や、それでいいごとある。
けれども私、ある時申しました。「田主丸の方へ行っておるとこう思いなさい」とこう私は。「しゃっちここさん帰ってこんならんじゃないの」と私が。「無駄なごとある。馬鹿のごとある。けれどもね、それが身に徳をうける修行ばい」と私が申します。なあにもならんごとある。馬鹿んごとある。ね。信心ていうのはね、そういうところを大事にしていくとじゃないでしょうか。信心とはそういう事をです、自分の心の中に極めていく事ではないでしょうか。
だから信心のない人から見ると、信心をしておる者は馬鹿んごと見えますけれども、ね、そこに十年経ち、二十年経ち、三十年経ちしておるうちに、大変な開きができてくるのですよ。例えば、私共の小学校時代の友達のことを思うてみても良いです。片一方は頭も良かった。体力も私共よりもすぐれておった。けれども自分の立身出世のために、金儲けのために一生懸命になった人。ね。
信心によって徳を受けさせてもらわなきゃ、わたしゃなぁにも出来んから、頭は悪いし、力は無いし、神様のおかげを頂かなければ、自分の立ち行かんという事を、子供の時からその事を思い込んでおった。心が神様の方へ、一歩一歩近づいて行った。さあ五十年経った今日です、どのくらいの開きが出来ておるかという事なんです。たいした事でしょうが、信心とは、だから。
だから例えば、途中においてはです、信心のない人はです、私を見たら、馬鹿のごたると思うたに違いありませんよね。けれどもそこに神様のご信用を頂いていく修行がです、積み重ねられていくうちに、それが一つのまとまった徳というとおかしいでしょう、どういうふうに言ったら良いでしょう、ね。〔そう〕いうお徳を受けさせて頂いて、心の上にも、いつも平生心を頂いて。
日々が有難い、もったいない事だという気持ちで過ごしていけれる、しかもそれが教祖の神様が仰るように、「あの世にも持って行かれ、この世にも残しておける」という事になってきたら、たいへんな事じゃないでしょうかねえ。私共はせっかく信心をさせて頂くのでございますから、そういう生きがいというか、信心がいというか、のある信心をさせてもらわなければいけないと思うですね。おかげを頂かなければなりません。